
歯科医院の患者アンケート自由記述を生成AIで月次分析する――接遇・待ち時間・説明の不満を改善会議につなぐ運用
患者アンケートの自由記述は、読みっぱなしでは改善に繋がりません。氏名・連絡先・診療情報を除外したうえで生成AIに分類・要約させ、接遇・待ち時間・説明などを月次KPI化し、改善会議の1枚資料へ落とす運用を設計すれば、外注せず院内で患者満足度の定点観測が回せます。本記事では匿名化の確認項目、プロンプト例、安全管理まで実務手順で整理します。
- ◆自由記述は読みっぱなしにせず、接遇・待ち時間・説明などを月次KPI化して改善会議へ接続する
- ◆院内アンケート・予約後・公開口コミは経路別に管理し、AI入力前に氏名・診療情報など5項目を除外する
- ◆同一プロンプトで要約・分類・優先度・担当案を出し、人の目視確認後にA4一枚へ正規化する
- ◆外部AIは学習利用設定・委託先管理・権限と削除ルールを運用に含め、出力の誤分類を会議前に修正する
- ◆効果は外注費または読取工数と、AI利用料+内製時間の差分で仮定前提を明示して検証する
患者の自由記述を月次分析する目的:接遇・待ち時間・説明を改善KPIへ変える
患者アンケートの自由記述は、満足度の「なぜ」が残る一次情報です。しかし多くの医院では、個別の苦情対応で終わり、月次の傾向として会議に上がりません。生成AIで分類・要約を内製化すれば、外注の分析費を抑えつつ、接遇・待ち時間・説明の不満を改善KPIに変換できます。
厚生労働省の受療行動調査は、外来患者について診察等までの待ち時間、医師から受けた説明の程度、満足度などを調査項目としています。ただし対象は全国の一般病院外来であり、歯科のベンチマーク値ではありません。本記事の分類は、同調査にも待ち時間と説明の項目があることを参考にしたものであり、分類設計の妥当性や歯科医院のKPI設計を裏付ける根拠ではない点に注意してください。
感覚的な「最近クレームが多い」を、件数・分類・担当付きの課題に落とすことが、改善の優先順位を会議で議論するための前提になります。自由記述分析は集患広告の代替ではなく、既存患者の体験を整える業務改善の仕組みです。
分析対象の集め方:院内アンケート・Web予約後・口コミを分けて管理する
入力データは、収集経路ごとにフォルダまたはシートを分けます。院内紙・タブレット回答、Web予約後の簡易アンケート、公開口コミは、投稿者情報・公開範囲・利用条件が異なるためです。
- 院内アンケート:接遇・説明・院内動線の具体が得やすい。回答率と回収タイミングを固定する
- 予約後アンケート:予約の分かりやすさ、リマインド、初診前の不安が現れやすい(Web予約の途中離脱を減らす設計とも連動)
- 公開口コミ:外部評価のトレンド把握用。院内回答と合算せず別集計する
Googleマップの口コミは、取得方法によって適用される規約が異なります。API経由で表示・利用する場合はPlaces APIのポリシーでレビューごとに著作者の帰属表示が求められる一方、閲覧画面からの手動転記・保存・二次分析・引用は別の利用態様であり、Googleマップ/Google Earth 追加利用規約など該当規約で許容範囲を個別に確認する必要があります。APIポリシーをもって口コミの全利用が正当化されるわけではありません。いずれの場合も、院内アンケート回答と同一データとして扱わないのが実務的です。
ホームページや説明導線の見直しと並行する場合は、患者導線を踏まえたホームページ改善の観点で、自由記述に出た「分かりにくさ」をコンテンツ改修の入力にすると一貫します。

生成AIに渡す前の前処理:除外すべき5つの確認項目と法的な整理
自由記述に氏名がなくても、受診日時・担当者・家族関係・治療内容の組合せで個人が推測され得ます。医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス(個人情報保護委員会・厚生労働省)は、診療所を対象に含み、診療録等の形態に整理されていない医療・介護関係情報も個人情報に該当し得るとしています。
外部の生成AIへ渡す前に、次の5項目を除外・置換します。ただしこれは再識別リスクを下げるための最低条件であり、これだけで外部入力が適法になるわけではありません。自由記述は受診日時・治療経過・希少な事例などの組合せから再識別され得るため、実際に入力してよいかは、後述する「個人データの取扱いの委託として整理する」か「加工基準を満たす匿名加工情報化を経る」かの整理と、再識別リスクの評価・利用目的の確認を済ませたうえで判断してください。
- 氏名・連絡先・住所・患者ID・予約番号
- 予約日時・担当者名・ユニークな経過(特定しやすい日付表現を含む)
- 病名・治療内容の詳細、画像・添付ファイル
- 本人や家族を特定し得る固有表現(学校名・勤務先・稀少な状況など)
- 口コミ投稿者の表示名・プロフィールURL・投稿の直リンク
ただし、この5項目の除外は再識別リスクを下げる前処理であり、これだけで法律上の「匿名加工情報」になるわけではありません。個人情報保護委員会は匿名加工情報の解説で「個人データを単にマスキングしただけで、法令に定める適切な加工を行っていない場合は、匿名加工情報ではなく、個人データです」としています。仮名加工情報も、他の情報と容易に照合でき特定の個人を識別できる状態であれば「個人情報」に該当し、法令に基づく場合を除き第三者提供は認められません(委託・事業承継・共同利用に伴う提供は第三者に該当しないと整理されています)。したがって外部生成AIへの入力は、①サービス側が入力データを取り扱わない仕組みで法上の「提供」に該当しない場合(この場合も委託先の監督義務は課されないものの、自ら果たすべき安全管理措置として適切な措置を講じる必要があります)、②個人データの取扱いの委託として整理し委託先監督を行う場合、③加工基準を満たす匿名加工情報化を経る場合、のいずれに当たるかを整理したうえで検討し、「匿名化済みだから自由に入力できる」とは扱わないでください。
あわせて、アンケート収集時に通知・公表した利用目的の範囲に外部AIでの処理が含まれるかを確認します。前掲ガイダンスは、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて本人の同意なく個人情報を取り扱ってはならないとしており、委託する場合はガイダンスの趣旨に沿った事業者を選定し、委託先の個人情報の取扱いを定期的に確認することを求めています。
入力が学習等に使われる設定かどうかも利用規約で確認します。個人情報保護委員会は、生成AIサービスの利用に関する注意喚起で、応答結果の出力以外の目的で個人データが取り扱われる場合は法違反となる可能性があるとして、機械学習に利用されないこと等を十分に確認するよう求め、生成結果に不正確な個人情報が含まれるリスクにも注意を促しています。

月次分析の分類設計:接遇・待ち時間・説明・予約・料金の5分類と感情評価
分類は細かくしすぎず、会議で担当が割り振れる粒度に固定します。運用の基本は次の5分類に、感情評価(肯定・中立・不満)と改善優先度を掛け合わせる設計です。
- 接遇:受付・衛生士・院長の言葉遣い、笑顔、傾聴
- 待ち時間:予約時刻との差、院内待機、呼び出しの分かりやすさ
- 説明:治療方針、リスク、選択肢、費用の伝え方
- 予約:取りやすさ、変更、リマインド、Web導線
- 料金:見積、会計、保険と自費の切り分け説明
受療行動調査にも待ち時間と説明の項目があることを参考に、少なくともこの2つは独立カテゴリにします(同調査は一般病院外来が対象であり、5分類そのものの妥当性を裏付けるものではありません)。1件の記述に複数テーマが含まれる場合は、主テーマ1つ+副テーマ最大1つとし、件数の二重計上ルールを院内で統一します。
説明や自費の伝え方に関するコメントが続く場合は、分類結果を自費説明の一貫性を整えるブランディング設計の材料にも転用できます。分析の目的は「悪い点の洗い出し」だけでなく、肯定コメントから再現すべき対応を言語化することにもあります。
そのまま使えるプロンプト例:要約・不満要因・分類集計・担当者案を出力する
ツール名より、毎月同じ型で回せるプロンプトが重要です。前処理済みテキストのみを渡し、次の出力形式を指定します。
あなたは歯科医院の業務改善アシスタントです。以下は個人特定情報を除外済みの患者自由記述です。医療広告や治療効果の断定はしないでください。(1)全体要約を200字以内 (2)5分類(接遇/待ち時間/説明/予約/料金)ごとの件数と感情(肯定・中立・不満) (3)不満の上位要因を最大5つ、各要因は原文の逐語引用ではなく内容を要約して説明する(個人特定表現は作らない) (4)各要因について、件数と、記述に安全性に関わる指摘が含まれるかの事実のみを整理する(優先度や経営影響は判定しない) (5)担当案(受付/DH/ドクター/院長)を表形式で出力してください。不明点は推測せず「不明」とする。
改善優先度は、件数・安全性・苦情の重大性・改善可能性という院内で定義済みの基準に沿って人が付けます。再来意向などが明示的に回答されていない限り、再来や売上への影響をAIに推測させないでください。プロンプトには「引用を捏造しない」「入力にない病名や評価を足さない」も明記します。生成AIの出力は下書きであり、会議資料化する前に人が件数と代表内容を原文と突合します。不正確な情報が混ざるリスクは、前述の個人情報保護委員会の注意喚起でも指摘されています。
工数は文字量・記述内容・担当者の習熟・ツール性能で変わるため、一般的な目安は示せません。初月は「前処理」「AI実行」「目視確認」「1枚資料化」の各工程の所要時間を、件数・文字量とあわせて実測して記録してください。外注の定性分析や全文読み合わせと比較する場合は、(外注費または院長・チーフの読取時間×時給)−(AI利用料+担当スタッフ時間×時給)で月次の差分を出し、前提が自院の仮定値である旨を会議資料に残します。

改善会議につなぐ運用:件数・不満率・代表内容・担当を1枚にまとめる
AIの出力をそのまま共有せず、A4一枚(またはスライド1枚)に正規化します。載せすぎると議論が拡散するため、項目を固定します。
- 当月の有効回答数、分類別件数、不満率(不満件数÷有効回答)
- 優先度「高」の要因トップ3と、各要因の代表内容(逐語引用ではなく要約)
- 担当(受付/DH/ドクター/院長)、期限、翌月の確認指標
- 前月施策の結果(対応済み/観察中/効果不明)
数値を月次比較する前に、有効回答の定義(無回答・カテゴリ非言及の扱い)、複数分類の計上ルール、回答率、収集経路、回収タイミングの各条件を文書で固定します。質問文や回収条件、患者構成が変わった月は選択バイアスが入るため、単純な前月比較はせず、条件変更を注記したうえで傾向のみを共有します。代表内容は、原文に近い引用が周辺事情との照合で投稿者・患者の特定につながり得るため、再識別リスクを人が確認し、意味を保った要約に置き換えます。公開口コミと院内アンケート回答は、引用可否・保管・共有範囲の基準を分けて運用します。
会議では「誰が悪いか」ではなくプロセスの修正に焦点を当てます。例:待ち時間不満が続くなら、予約枠の詰め方、説明時間のブロック、遅延時の声かけ手順を更新する、などです。決定事項だけをスタッフ共有し、原文の自由記述ファイルは権限を限定して保管します。
外部AI利用時の安全管理と目視確認:誤分類・漏えいを防ぐルール
医療機関が外部サービスや委託先を使う場合も、取扱いの責任は医院側に残ります。ガイダンスは委託先の適切な選定と、委託先での個人情報取扱いの定期確認等を求めています(医療・介護分野ガイダンス)。
また、患者アンケートを医療情報システム上で扱う構成では、医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第7.0版(厚生労働省、令和8年6月29日付通知により策定。概説編・経営管理編・企画管理編・システム運用編・保守委託機関編の5編構成)が求める委託先事業者その他の関係者との責任分界に関する取決めを行うほか、自院での情報の保存・破棄の手順や職員への取扱い周知を運用ルールに整理します。引用時は掲載ページで最新の版表示を確認し、審議会提出の案文や旧版PDFを参照していないかを確かめてください。
現場で守る最小ルールは次のとおりです(人数・頻度は法定要件ではなく運用例で、医院の規模とリスクに応じて調整します)。
- 入力データの学習利用の有無、保存期間、保存先の国、提供者側による人的閲覧、再委託の範囲、削除の方法、事故時の通知手順を、公式規約・DPA・サービス仕様適合開示書やSLAなどの書面で確認できたサービスのみ使う(学習利用オフや事業向け契約であることだけでは条件を満たしたと判断しない)
- 委託先との責任分界と事故発生時の対応を契約に明記する。国外保存がある場合は外的環境の把握と本人が知り得る状態での公表、要配慮個人情報に当たり得る記述を入力してよいかの院内基準を先に定める
- 前処理前の原文を外部AIに貼らない。担当者と確認者を分ける(例:担当1名+確認者1名)
- AIの分類結果は必ず原文と突合し、誤分類・過度な一般化を修正してから共有
- 会議資料に個人が推定できる具体は載せない。保管期限と削除手順を決める
- 利用サービス・アカウント権限・規約変更を定期的に見直す(例:四半期ごと。利用状況の変化、サービス仕様や規約の変更、インシデント発生時は都度実施)
生成AIは「読む時間を圧縮する装置」であり、最終判断と患者対応の質は人が担保します。院内会議資料は通常は非公開の院内文書ですが、その内容を患者向けウェブサイトやSNS等へ転用する場合は、ウェブサイト等も規制対象とされた医療広告ガイドラインに沿って表現を確認してください。
まとめ
患者アンケート自由記述の生成AI活用は、ツール導入そのものより、前処理・法的整理・固定分類・目視確認・1枚資料・担当期限という運用設計が本体です。次の3点に絞って着手してください。
- 院内・予約後・公開口コミを分け、5項目の前処理に加えて、利用するサービスが「提供」に当たるか・委託か・匿名加工情報化かの整理を済ませたうえで分析する
- 接遇・待ち時間・説明・予約・料金の5分類と感情評価で月次集計し、有効回答や回収条件の定義を固定する
- AI出力は下書きとし、件数と代表内容を人が確認して改善会議の1枚に落とす
来月の一手は、直近1か月分の自由記述を前処理したうえで、本記事のプロンプトを一度試し、分類のズレを院内語彙で補正することです。仕組みが回れば、クレーム対応の属人化から、患者体験の継続改善へ移せます。
監修:石井 貴久(株式会社ARXIA 代表)
よくある質問
- Q. 患者アンケートの自由記述に氏名がなければ、そのまま生成AIへ入力してよいですか?
- いいえ。受診日時、担当者、治療内容、家族関係などの組合せで個人が推測され得ます。氏名・連絡先、診療詳細、固有表現などを除外したテキストだけを入力し、サービス規約で学習利用の有無も確認してください。
- Q. どの分類から始めるのがよいですか?
- 接遇・待ち時間・説明・予約・料金の5分類に感情評価を付ける形が扱いやすいです。厚生労働省の受療行動調査でも待ち時間や説明の程度、満足度が外来評価の観点として扱われており、少なくとも待ち時間と説明は分けて集計することを推奨します。
- Q. Googleの口コミも院内アンケートと同じシートで分析してよいですか?
- 別管理が安全です。公開性、投稿者情報、利用条件が異なるためです。Maps Platform経由でレビューを表示・利用する場合は帰属表示などのポリシーも確認し、院内回答と合算しないでください。
- Q. AIの分析結果をそのままスタッフに共有して問題ないですか?
- 問題になり得ます。誤分類や不正確な一般化が混ざる可能性があるため、原文との突合後に、件数・不満率・匿名の代表コメント・担当・期限だけを1枚にまとめて共有する運用にしてください。
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- 受療行動調査(一般統計)|厚生労働省
- 医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス|個人情報保護委員会・厚生労働省
- 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について|個人情報保護委員会
- 医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版|厚生労働省
- Places API のポリシーと帰属|Google for Developers
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