
歯科衛生士が定着しない医院の採用設計――入職90日・1年・退職理由を「採用数」より先に分解する
歯科衛生士の採用難が深刻化する中、採用数だけを追っても早期離職が続けば採用コストは流出する一方です。定着率改善の本質は、応募から入職90日・1年までのファネルを分解し、退職理由を構造的に把握することにあります。本記事では、公的統計や勤務実態調査に基づき、早期離職を防ぐオンボーディング設計と月次KPI運用の実務を解説します。
問題は判断力ではなく、判断の基準になる「現在地」が数字になっていないこと。→ 経営現状分析について- ◆歯科衛生士の有効求人倍率は全国2.78倍であり、採用数だけでなく入職90日・1年の定着率を管理することが不可欠
- ◆退職理由を「本人都合」で片付けず、人間関係・労働環境・給与・キャリア機会の4領域に分解して原因を特定する
- ◆入職90日以内の早期離職は教育・受け入れ体制(オンボーディング)の不足が主因であり、チェックリストと週次面談で防ぐ
- ◆1年定着率を高めるには、ベースアップ評価料等の制度を活用した処遇改善と、明確なスキル評価基準の整備が重要
- ◆月次KPIダッシュボードで応募から定着までの漏斗を定点観測し、経営会議で具体的な打ち手を回す体制を作る
なぜ採用数だけでは解決しないのか:歯科衛生士の採用難と定着課題
厚生労働省の職業情報提供サイト(job tag)に掲載されたハローワーク求人統計データでは、歯科衛生士の「有効求人倍率」は全国2.78倍、「求人賃金(月額)」は26.2万円です(いずれも令和7年度)。求人賃金は、同サイトのデータ説明で「公共職業安定所における求人賃金の年間平均値」とされています。求人票上の提示額の平均であり、実際の支給額や年収を示すものではありません。また、厚生労働省の令和6年衛生行政報告例(p.7)では、令和6年末の就業歯科衛生士は149,579人で、就業場所は「診療所」が90.6%(135,499人)を占めています。
「応募が来ない」「採用できない」という入り口の課題に加え、採用後の「定着率」も確認しましょう。3ヶ月や1年未満での退職が続く場合は、採用フィーや求人広告費だけでなく、再募集の費用や既存スタッフの教育負担も併せて点検します。
最初に作る採用・定着ファネル:応募から入職90日・1年までの5指標
採用から定着までのプロセスを次の5項目に分け、各段階の人数と割合を記録します。集計期間と定義をそろえ、どの段階で人数が減っているかを確認しましょう。
- 応募数:自院の募集に対してエントリーがあった件数
- 面接実施率・内定承諾率:応募から面接に至った割合、内定を出して承諾された割合
- 入職率:内定承諾から実際に入職した割合
- 入職90日定着率:入職者のうち、入職90日時点で在籍している割合。試用期間の満了とは別に判定する
- 入職1年定着率:入職者のうち、入職1年時点で在籍している割合
公益社団法人日本歯科衛生士会の第10回歯科衛生士の勤務実態調査報告書は、同会会員を対象とした2024年の調査です。「現在の職場における勤務年数(常勤)」(p.16、Q9-1、単一回答)では、診療所常勤者(n=1,143)の「5年未満」が32.7%、「5~10年未満」が22.6%と示されています。これは調査時点の勤続年数の構成比であり、入職者を追跡した90日・1年定着率のベンチマークではありません。自院では入職日と退職日を記録し、入職月別に集計します。90日・1年定着率は、集計日までに各判定日を迎えた入職者を分母とし、その判定日時点の在籍者を分子にします。
退職理由を分解する方法:職種・雇用形態・入職月別に見るべきデータ
スタッフが退職する際、面談で「一身上の都合」「家庭の事情」と言われた内容を鵜呑みにしていないでしょうか。日本歯科衛生士会の調査(2024年実施、p.44、図4-11・12)で、勤務先変更経験者(n=4,349)が回答した「勤務先変更の主な理由」(単一回答)には、「出産・育児」14.7%、「経営者との人間関係」13.1%、「結婚」11.5%、「仕事内容のレベルアップのため」7.9%、「給与・待遇の面」6.8%が挙がっています。一方、「勤務先変更の理由」(複数回答、同じくn=4,349)では、「経営者との人間関係」33.2%、「給与・待遇の面」32.3%、「勤務形態・勤務時間」31.8%です。単一回答と複数回答は区別して読み取る必要があります。

退職理由を単一の「本人都合」で片付けず、面談記録に「本人が挙げた理由」と「医院で改善できる点」を分けて残します。集計表には「職種」「常勤・非常勤」「入職月」「退職までの月数」を設け、理由別の人数を確認しましょう。組織的な業務平準化を進める手法については、米国DSOの「本部集約」から学ぶ歯科分院経営――1〜3院でも始める購買・採用・予約管理の標準化KPIでも触れています。
入職90日で離職する医院の診断:教育・配置・人間関係・労働条件の確認項目
入職後90日以内にスタッフが辞めてしまう場合、採用時のミスマッチだけでなく、「オンボーディング(受け入れ設計)」にも改善点がないか確認しましょう。求人票に書かれていた条件と実際の勤務実態の乖離や、現場での孤立がなかったかも点検します。自院のオンボーディング体制について、以下の4領域を診断してください。
- 教育体制:チェックリストに基づき、週ごとに習得すべき業務が明文化されているか(見て覚える放置状態になっていないか)
- 配置とメンター:相談役となる先輩衛生士が決まっており、毎日の振り返り時間が確保されているか
- 人間関係の心理的安全性:質問した際に不機嫌に対応される空気がなく、院長やチーフが新人の孤立を察知できているか
- 労働条件の整合性:面接時に伝えた残業時間、有給取得ルール、片付け手順などの実態が一致しているか

日報やチェックリストには、習得済みの業務、未習得の業務、次に練習する項目を記録します。面談では「困っている業務」「相談相手の有無」「説明された条件との違い」を確認しましょう。
1年定着率を高める施策:面談、評価、給与、キャリア設計の優先順位
入職90日を過ぎたスタッフとの面談では、待遇や今後のキャリアについても確認します。日本歯科衛生士会の調査(p.35、Q22)の「現在の職場で改善してほしいこと」(就業者n=4,926、各項目に「はい/いいえ」で回答)では、「はい」の割合は「待遇改善(ベースアップ・定期昇給等)」78.6%、「福利厚生の充実」57.6%でした。また、「歯科衛生士としての年収の満足度」(p.26、Q16、単一回答)では、常勤者全体(n=2,857)の「不満」と「非常に不満」の合計が38.8%でした。
Bench Club メンバー限定の詳細レポートでは、診療報酬改定に対応した賃上げの枠組みと、手当設計の具体手順をまとめています。
歯科外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)は、厚労省の令和6年度診療報酬改定資料に「新設」と示された制度で、新設時の初診時は10点でした。令和8年厚生労働省告示第69号の歯科点数表P001・注5~7では、初診時は令和8年6月~令和9年5月が21点、令和9年6月以降は42点です。継続賃上げに係る施設基準を満たして届け出た施設では、それぞれ31点、52点となります。全施設が一律に21点から52点になるわけではありません。
令和8年度改定の対象職員の見直しにより、事務職員や40歳未満の勤務歯科医師も対象に加わりました。ただし、経営者・法人役員、業務委託により勤務する者等は対象外です。収入の使途について、施設基準通知第106の2は、対象職員の「基本給又は決まって毎月支払われる手当」の引上げと、それに伴う賞与・時間外手当・法定福利費(事業者負担分等を含む)等の増加分への充当を定めています。新設の手当であっても、一時的な支給ではなく毎月決まって支払われる給与の一部であれば充当可能とされています(疑義解釈資料(その7)別添2問3)。当編集部の運用提案としては、この要件を満たす毎月の手当を設けて賃金改善分を区分管理する方法が考えられますが、手当を設ければ自由に減額・調整できるという説明は避け、届出・実績報告等の要件に沿って運用する必要があります。
厚労省の改定説明資料に示された政策上の賃上げ目標は、令和8年度に3.2%、令和9年度にさらに3.2%です(看護補助者・事務職員は両年度とも5.7%)。疑義解釈資料の問7では、目標率に達しなくても算定は可能とする一方、評価料の収入は「全て」、対象職員の基本給・毎月支払われる手当の引上げと、それに伴う賞与・時間外手当・法定福利費等の増加分に用いることを明記しています。
歯周治療やSPTの自立、あるいは口腔機能実地指導料の算定実務のような専門業務の習得を評価基準に組み込み、半期ごとの面談で振り返るサイクルを構築しましょう。
外部需給と自院データを照合する:求人倍率を踏まえた採用予算の配分
job tagの有効求人倍率は全国2.78倍(令和7年度)ですが、自院の採用計画では地域別の数値も確認しましょう。厚生労働省の令和6年衛生行政報告例に示される都道府県別の就業者数は、就業構造を把握する参考情報です。地域の需給は就業者数だけで判断せず、求人・求職情報と併せて確認します。
自社採用サイトの充実、見学受け入れのハードル引き下げ、非常勤から常勤への登用ルート整備などを検討します。採用チャネルごとに費用・応募数・入職者数を並べ、翌月の予算配分を決めましょう。
月次で回す採用KPIダッシュボード:目標値・改善会議・次の打ち手
月次の経営会議では、同じ集計基準で次の項目を確認します。
- 募集進捗:媒体別応募数、面接設定数、内定数、内定承諾率
- オンボーディング指標:入職30日・60日・90日面談の実施率、チェックリスト進捗率
- 定着・離職指標:直近12ヶ月の入職者数、離職者数、90日定着率、1年定着率
- コスト効率:採用経費合計、1人あたり採用単価(CPA)
会議では「面接辞退の理由」「90日面談で出た不満と対応状況」を確認し、自院の過去実績を基準に翌月の目標値を設定します。改善策・担当者・期限も記録しましょう。日々の診療データや業務指標をダッシュボード化してアクションに繋げる運用については、歯科医院の生成AI「週次経営レポート」内製化――予約・電話・口コミ・広告データを行動リストに変える運用をあわせてご参照ください。
よくある質問
- Q. 歯科衛生士の90日定着率と1年定着率の目安となる水準はありますか?
- 公的統計では90日や1年単位の公式ベンチマークは発表されていませんが、一般的に健全な歯科医院経営においては、90日定着率90%以上、1年定着率80%以上を一つの目標基準として設定することが推奨されます。
- Q. 退職理由の本音を聞き出すにはどうすればよいですか?
- 退職決定直前の面談だけでは本音は出にくいため、入職30日・60日・90日など定期的な1on1面談を実施し、小さな違和感を拾い上げることが大切です。また、退職時には院長以外の第三者(事務長や外部人事担当)がヒアリングを行うことも有効です。
- Q. 求人倍率が高い地域で歯科衛生士を採用・定着させる最大のポイントは何ですか?
- 単なる給与競争に巻き込まれるのではなく、医院の診療理念、働きやすいシフト体系、体系化された育成プログラムなど「安心して長く働ける環境」を具体的に可視化して伝えることが重要です。
この記事の詳細は Bench Club 限定レポートで
歯科医院のためのベースアップ評価料解説
ベースアップ評価料は令和6年度診療報酬改定で新設された制度で、令和8年度改定により初診点数が21点から段階的に52点まで拡大され、事務職員や40歳未満の歯科医師が新たに対象職員に追加されました。本制度は算定した全収入を対象職員の賃金改善に充当する義務があり、基本給への上乗せではなく「ベースアップ評価料手当」として新設することで、実績報告の集計が容易で原資不足時の調整も可能になります。令和8年度と令和9年度に段階的な賃上げ(医療職3.2%・事務職5.7%)を目指す制度であり、届出の有無がスタッフ定着に影響するため、早期の導入検討が経営課題として重要性を高めています。
Bench Club で続きを読む →参考資料
- 厚生労働省 職業情報提供サイト(job tag) 歯科衛生士
- 厚生労働省 令和4年衛生行政報告例 就業医療関係者の概況
- 公益社団法人日本歯科衛生士会 第10回歯科衛生士の勤務実態調査報告書
- 厚生労働省 衛生行政報告例 令和4年報告表(第39表:就業歯科衛生士の年齢階級別状況)
- 米国DSOの「本部集約」から学ぶ歯科分院経営――1〜3院でも始める購買・採用・予約管理の標準化KPI
- 口腔機能実地指導料は誰が何を記録する?――歯科医師の指示・歯科衛生士の実地指導・研修証憑を整理する算定実務
- 歯科医院の生成AI「週次経営レポート」内製化――予約・電話・口コミ・広告データを行動リストに変える運用
- 歯科医院の採用成功率を劇的に向上させる最新戦略! — ARXIA 編集部
- 歯科医院のためのベースアップ評価料解説Bench Club 会員限定Bench Club で続きを読む →


