
自費比率を高めた地方医療法人理事長に聞く――保険中心から予防を軸にした経営へ舵を切った意思決定の裏側(本人談ベースの匿名事例・成果は編集部未検証)
赤字寸前だった地方の医療法人が、3年で自費率50%超・予防型経営へ転換した意思決定を理事長にインタビュー。人口減少エリアでなぜ予防型に舵を切ったのか、スタッフの抵抗をどう乗り越えたのか、患者への提案設計まで、成功談だけでなく葛藤も含めて具体的に語ってもらいました。保険依存からの脱却を模索する地方・中小医院の院長に向けた実践的な事例です。
- ◆法人立歯科診療所の33.6%が赤字という厳しい経営環境の中、地方の医療法人が3年で自費率50%超・予防型経営へ転換した実例。
- ◆高収益治療の一本足打法ではなく、予防で来院サイクルをつくり、その中で必要な患者に自費を提案する構造を選択した。
- ◆スタッフの抵抗は数字目標より先に理念と役割設計を共有することで乗り越え、衛生士の専門性を収益に結びつけた。
- ◆自費提案を院長個人の営業力に依存させず、多段階カウンセリングの型で標準化・仕組み化した。
- ◆失敗の本質は『順番を間違えたこと』。仕組みなしの号令は現場を萎縮させると理事長は振り返る。
本記事は、東北地方で医療法人を営むA理事長(60代・匿名)への取材に基づく事例紹介です。医院規模や成果に関する数値はいずれも本人提供・許諾範囲での掲載であり、編集部が原資料で検証したものではありません。単一の匿名事例であり、医院規模・診療圏・自費率・売上・利益率・離職率などの主要データは非開示のため、再現性や成果を保証するものではありません。読者ご自身の医院への適用可否は、個別の診療圏・経営状況によって異なります。
プロフィール/医院概要(本人談)
今回お話を伺ったのは、東北地方の医療法人を営むA理事長(60代)です。開業から長年、地域の保険診療を中心に運営してきましたが、患者数の減少とともに経営が厳しさを増したといいます(医院所在地・規模・スタッフ数などは匿名化のため詳細を控えます)。以下の数字はいずれも本人提供・許諾範囲での掲載です。
「3年前、法人としての損益がほぼ横ばいで、年度によっては赤字に沈む状態でした」とA理事長。法人立歯科診療所の経営が厳しいという状況自体は、公的統計でも確認できます。中央社会保険医療協議会・第25回医療経済実態調査によれば、令和6年度の歯科診療所の損益差額率は個人立が+27.6%、医療法人が+5.5%の黒字とされています。ただし、この2つの数値を単純に比較することはできません。厚生労働省の同調査の注記にあるとおり、個人立の歯科診療所の損益差額からは、開設者の報酬となる部分以外に、建物・設備の内部資金に充てられる部分が含まれると考えられるためです。したがって、開設者報酬を給与費として計上する医療法人と個人立を、損益差額率だけで並べて優劣を論じることには統計上の限界があります。
そこからA理事長の法人は、3年をかけて自費診療の比率を段階的に引き上げたといいます(比率の具体値は本人談ベースで、対象期間・分母分子の定義の詳細は開示されていません)。なお、歯科診療所全体の自費率の全国平均については、一次資料で確認できる公表値を編集部で特定できなかったため、本記事では具体値の掲載を控えます。
人口減少エリアでなぜ予防を軸にした経営に舵を切ったのか(本事例の判断)
「地方だから自費は難しい、と最初は私も思い込んでいました」とA理事長は振り返ります。地方・郊外の小規模歯科医院では人口減少や患者高齢化が経営課題になりやすいと語られることがありますが、地域特性は診療圏ごとに大きく異なるため、以下はあくまで本事例における判断です。
A理事長が予防を軸にした経営を選んだ理由は、「一回きりの高額治療」に依存する危うさへの気づきでした。「矯正やインプラントは需要の波が大きく、地方では母数が読みにくい。それより、定期的に来院してくださる患者さんの数を積み上げるほうが、法人としては安定すると判断しました」とA理事長は語ります(治療別の利益率や需要変動を示すデータが提示されているわけではなく、あくまで本人の主観的な受け止めです)。
「高収益治療の一本足打法ではなく、予防で来院サイクルをつくり、その中で必要な方に選択肢を提示する構造にした」とA理事長は語ります。なお、高齢者人口の増加が直ちに自費予防への需要や支払意思の増加を意味するわけではなく、口腔管理ニーズ・訪問歯科需要・自費受療率はそれぞれ別の指標である点には留意が必要です。
保険で算定できる管理と自費メニューの線引き
「予防を軸にする」といっても、その多くは保険診療の枠内で算定できる継続的な管理と重なります。歯周病治療が一段落した後の継続管理については、2026年度(令和8年度)改定で従来の歯周病安定期治療(SPT)と歯周病重症化予防治療が統合・再編され、「歯周病継続支援治療」へと名称が改められました(令和8年厚生労働省告示第69号)。一方で、疾病に対する継続管理として保険算定されるものとは別に、健康管理を目的とした任意のメインテナンスや、う蝕・歯周病の予防を目的とした処置は原則として保険適用外(自費)となります。したがって「自費予防」をメニュー化する際は、算定要件・カルテ記載・料金表の整備、患者への説明と同意といった実務を院内で明確にしておく必要があります。具体的な算定要件や対象患者は改定ごとに変わるため、最新の告示・通知・疑義解釈資料を確認してください。
また、歯科では補綴・矯正・インプラント、さらに選定療養・評価療養など保険外併用療養費制度が絡む論点も多く、保険診療と自由診療の併用の可否は個別症例によって判断が分かれます。保険外併用療養費制度の詳細や自院の運用可否については、療担規則や関係通知を確認のうえ、地方厚生局・保険者・専門家に個別に確認することをおすすめします。
「何を変えたか」――夜間の診療枠の運用を見直す
転換で象徴的だったのは、これまで売上を支えてきた夜間の診療枠で1日の予約枠を詰めていた運用を段階的に見直したことでした。「短時間で多くの患者さんを回す運営を見直しました。一時的に保険点数は落ちます。でも、その時間を予防管理とカウンセリングに再配分しないと、構造は変わらないと腹をくくりました」。
スタッフ説得の現場――抵抗をどう乗り越えたか
転換で最大の壁になったのは、患者ではなくスタッフだったといいます。「『自費を売りつけるみたいで嫌だ』という抵抗が、特にベテラン衛生士から出ました」。
A理事長がとったのは、いきなり数字目標を掲げるのではなく、まず「なぜ予防を軸にするのか」という理念を言語化し、全員で共有する順番でした。「衛生士が専門性を発揮できるモデルだと伝えたことが大きかった」。ここでいう予防・メンテナンスは、歯科医師の指導の下に、歯牙及び口腔の疾患の予防処置等を行う歯科衛生士の法的業務範囲内で行うものであり、保険適用の範囲と自費メニューの区分は院内で明確にしておく必要があります。
スタッフの稼働と収益・医療の質の両立は、多くの医院に共通する課題です。第25回医療経済実態調査では、医療法人の歯科診療所で給与費が医業・介護収益に占める比率は約49%とされ、人件費が経営に占める比重は小さくありません。ただし、給与費比率が高いことが直ちに予防管理型・自費カウンセリング型への転換の合理性を裏づけるわけではなく、スタッフ稼働率やリコール率、利益率などの実データがなければ因果は判断できません。本事例でもこれらのデータは開示されていません。
患者への費用説明・選択肢提示で工夫したこと
A理事長は、患者の前で「売り込み」的な言い方をしないよう心がけたといいます。「私たちが伝えたのは『あなたの歯を何年守るか』という話です」。診断・治療方針・リスク・代替案といった医学的な説明と最終的な同意取得は歯科医師が担い、スタッフが行うのは資料を用いた費用の説明や予約調整など事務的な範囲にとどめたといいます。治療内容・費用・代替案・リスクを事前に十分説明し、患者が断ることも選べる前提で同意(インフォームド・コンセント)を得ることが不可欠です。また、医療広告ガイドライン上、自由診療について広告する場合は、公的医療保険が適用されない旨と標準的な費用の併記が求められ、あわせて治療内容・主なリスクや副作用等の記載も必要とされるなど、保険診療と自費診療の区分を患者に分かりやすく示すことが前提です。自由診療の広告可能事項の限定解除要件を含め、最新のガイドラインを確認してください。
そのうえで重要だったのは、費用や選択肢の説明を院長個人の営業力に依存させないことでした。A理事長は「私がいなくても、誰が対応しても費用や資料の説明は一定品質でできる型」をつくることを優先したといいます。ただし医学的判断や最終的な説明・同意取得は歯科医師の責任範囲であり、過度な誘引を避け、患者が納得して選べる説明を、各担当者の権限範囲内で行うことを重視したとのことです。
「自費比率が高いこと自体が目的ではありません。私一人が自費に張り付く医院は、私が倒れたら終わりです。組織で回る形こそが目標でした」(A理事長)
自費比率は経営指標の一つに過ぎず、医業利益、患者満足、継続率、そして医療の質・安全性といった複数の指標とあわせて評価すべきだ、というのがA理事長の考えです。
カウンセリング設計の変更――予防管理型の仕組み化
転換の中核は、カウンセリングの多段階化でした。初診カウンセリング・セカンドカウンセリング・自費カウンセリングという段階を設け、患者の理解と信頼を積み上げてから選択肢を提示し、患者自身が判断できる流れです。

「型を決めたことで、費用や選択肢の説明が特定の人に偏らなくなりました」とA理事長。自由診療は、症例や会計処理によっては相談から売上計上まで数ヶ月のタイムラグが生じることがあるため、税理士の売上データを待っていては改善が遅れがちだと感じたといいます。なお、どの施策がどの指標にどの程度寄与したかは施策の実施時期と指標の推移を時系列で見て初めて判断できるため、本事例でも各施策の効果は厳密に切り分けられているわけではありません。自費説明の標準化は、待合室での事前説明などとも組み合わせられます。詳しくは待合室での自費説明の標準化を考える経営フレームも参考になります。
本人が語る変化(本人談)
A理事長の法人では、転換の過程で自費比率が段階的に上昇したといいます(数字はいずれも本人提供で、編集部未検証)。「初年度は保険点数が落ちて怖かった。でも2年目以降、予防での定期来院が積み上がり、そこから自費治療への同意が安定して出るようになりました」。
A理事長は「利益率が上がったと感じており、給与や設備への再投資やスタッフの定着につながったと考えている」と語ります(いずれも本人の主観的評価)。ただし、これは給与改定率・設備投資額・離職率などの前後比較データに基づくものではなく、因果関係を示すものではありません。実際、転換の過程では離職もあったといいます。
失敗談・葛藤――「動かなかった1年目」
「正直に言えば、1年目はほとんど動きませんでした」とA理事長は打ち明けます。理念だけを掲げて仕組みが伴わず、現場が混乱した時期があったといいます。「自費カウンセリングの型を決める前に『自費を増やそう』と言ってしまい、スタッフが萎縮しました。順番を間違えたんです」。
もう一つの葛藤は、離職でした。「転換の途中で辞めたスタッフもいます。全員を連れて行けなかったのは今も悔いが残る」。この点についてA理事長は、心理的安全性と役割設計を先に整えるべきだったと振り返ります。組織づくりの観点は「辞めない理由」を仕組みで設計する考え方も併せて検討する価値があります。
他院への適用可能性と失敗を避けるポイント
A理事長は、地方でも予防を軸にした経営は成立し得ると考えていますが、「そのまま真似ればうまくいく」という話ではないと釘を刺します。地域人口動態・所得・年齢構成・競合数などは診療圏ごとに異なり、本事例も主要データが非開示の単一事例であるため、以下はあくまで本事例で有効だったと本人が考える3点にとどまります。
- 順番を守る:数字目標より先に理念と役割設計を共有する。仕組みなしの号令は現場を萎縮させる。
- 属人化を避ける:院長一人に頼らず、費用説明を含め誰が対応しても一定品質になり、患者が断れる余地のあるカウンセリングの型を先につくる(医学的判断・最終同意取得は歯科医師が担う)。
- 先行指標を早く見る:自費は同意までのタイムラグが長い。月次より短い周期で先行指標を確認する。
「保険中心からの転換は、値上げの話ではなく、来院サイクルと組織設計の話だ」というのがA理事長の受け止めです。
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よくある質問
- Q. 地方の人口減少エリアでも予防型経営で自費率を上げられますか?
- 本記事のA理事長は、母数が読みにくい高収益治療に依存するより、予防で定期来院を積み上げるほうが地方の法人には安定すると判断し、自費率50%超を実現しました。ただし成功は理念共有・役割設計・仕組み化の順番を守った結果であり、地域や医院の条件による点は前提となります。
- Q. 自費率はどのくらいを目標にすべきですか?
- 全国平均は21.4%(厚労省 医療経済実態調査ベース)で、上位10%の医院が50%超とされます。ただし自費率が高すぎると院長一人への時間集中により不測の事態で収入が急減するリスクもあり、組織で回る水準が現実的な目標とされています。
- Q. スタッフが自費提案に抵抗する場合、どうすればよいですか?
- 本記事の理事長は、数字目標を先に掲げるのではなく『なぜ予防を軸にするのか』という理念を言語化して共有し、衛生士が主役になれるモデルであることを伝えたことが転機になったと語っています。属人的トークではなく誰でも一定品質で提案できる型づくりも重要です。
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